2009年12月31日

memorial year 2009

落ち着かない1年だった。

特に6月下旬のM.J急逝は、
ただ単に好きだったアーティストの死の衝撃というより、
現代社会の暗い面や自分自身の心の弱さを改めて痛感させられ、
これまで普通に信じてきた価値観を根底から考え直す羽目になった。
(そう、「羽目に」。そんなことはあまりないほうがいいと思う)
M.Jの死については、いまだ割り切れない怒り、哀しみ、後悔がつきまとう。
その後の半年は、映画公開だのDVD発売だのと、M.Jの死の商戦にいいだけ振り回された気がする。
彼の死によって一番得をしたのは誰なのか、と考えると本当に複雑な思いがぬぐえない。

私が思ってきたほど、世界は良心的ではない―
まだごく年若い頃キリスト教に触れ、その宗教が言う「罪」とはどういう意味なのか、
これまでわかっていた気でいたけれど、実際はそうではなかった。
今回のM.Jの死で、やっと実感としてわかった。
自分自身も含めて、世界は裏切りと悪意で満ちていることを知ることとなった。

でも、M.Jの死によって、唯一素晴らしいと思えることもあった。

音楽の実践から離れて以来20年、私はもう本気で音楽を聴くこともなくなっていた。
バンドやスタジオやステージから離れたとたんに、
なんだか今の楽曲にも過去の楽曲にもすっかり失望してしまった。
たまに聴く音楽といえば、子どもの頃から親しんでいたクラシックのみ。
それも、本当にたまに。
自分の人生から音楽をすすんで排除しているようなところがあった。

が、M.Jの死以来、改めて彼の作品を聴くうちに、瞬く間にM.Jの音楽に魅かれ、
再び20年前のように正面から聴くことができるようになった。
(M.Jの曲をスコアに書き写す作業をすると、ますます驚愕する)
これをきっかけにM.Jだけでなく、他のアーティストたちの作品にも関心を持てるようになった。

20年も離れていたのに、M.Jのおかげで音楽のある生活を取り戻せた。
音楽がどれほど心に癒しや情熱をもたらしてくれるものか思い出させてくれた。
自分がこんなに音楽が好きだったことを思い出させてもらえた。
もう二度と音楽に新しい発見や感動を覚えることなどないと思い込んでいたのに。
もちろん楽曲だけでなく、彼のダンスやステージパフォーマンスにもショックを受け、
ライブステージを観る目が大きく変わった。

良い意味でも悪い意味でも、King of POPが散った2009年は私の中でmemorial yearになることは間違いない。

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タグ:Michael Jackson
ニックネーム Lin at 21:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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