2009年09月13日

sacrifice

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           <1993 Dangerous Tour>

ようやく、マイケル・ジャクソンの死を実感できるようになった。

M.Jの死についての感慨は、適当にお茶を濁して終わりにしたいと思っていた。

記憶のどこかに残っていた特徴的な旋律を改めて聴いたり、
「これもM.Jの楽曲だったのか」と今さら知ったり、独特の多彩な歌声やシャウト、
驚異的なダンスパフォーマンスが繰り広げられるライブなどを次々と見ていると、
ついつい夢中になってしまって、M.Jが死んだ現実を忘れてしまいがちだったけれど、
ふいに―世界中のファンが作るトリビュート作品のひとつから、
M.Jの死をリアルに感じる機会があった。
冷たい水が掌からしたたるような、死の実感。冷たさ、軽さ、虚しさ―
そして生きているものの時間は過ぎていく。
その作者にはお礼を言いたいくらいだ―ようやく我に返ったような。

おかげで、これまで支離滅裂に混乱し、自分に嘘をついたり、適当にケリをつけたつもりになったり、
散り散りにあちこち飛び回っていた複雑な感情の収束も大分ついたように思う。
マイケル・ジャクソンが急逝して2ヶ月以上。彼の埋葬も終わったらしい。
私の関心はもはやツアー直前のリハーサル映像や未発表曲の公開だけ。
そのうち、こんな気分も忘れる日が来るはずだ。多分。
これからも生きていく自分のために、あまり多くの人が目にしないこの場で、
そろそろ、きちんと告白して気持ちに区切りをつけようと思う。


何もそんなに熱烈なファンだったわけじゃない。
いや、ほとんどファンとは言えない。
マイケル・ジャクソンの「Thriller」映像を初めて見た人の誰もが受けた衝撃を、
私もまた同時代の人間として受けた。
一番関心を持ったのは「BAD」の頃で、
「育ちのよさが隠しきれない不良ぶり」のかわいさとかっこよさ、
パワフルなダンスと圧倒的な歌唱力にものすごく衝撃を受けたけれど、
すでに「Thriller」や「Billy Jean」が爆発的にヒットし、
あまりにワールドワイドなアイドルとして人気者過ぎて、
逆にそれに抵抗があって自分でブレーキを掛けていた。
当時は私自身まったく趣向の違う音楽の世界にいたし、
当時の私にとってはパワフルであるよりダダな方がかっこいいと思うようなところがあったし、
なんだか「マイケル・ジャクソンが好き」などと公言することは、
すなわち普通にミーハーであると認めるような。
(一番の理由は、プロデューサーとして参加していたクインシー・ジョーンズの
ヒラハラしたディスコ調が大嫌いだから。
「BAD」では大分薄れていてマイケル色が強くなっていていいけれど、
おかげで今でもそれ以前のQ.ジョーンズが関わったアルバムは好きになれない)
けれど、ブラック・シンガー特有のクセやコシが
ほとんど感じられない代わりに(私はそれが苦手)、
異常と思えるほどの高音域で人種が特定できない澄んだ声質、
それでいて中・低音域ではしゃがれたパワフルな声も出せたし、
彼特有の小刻みに入るシャウトなど、特にその歌唱法と声質に
魅力と違和感の両方を感じていたのはたしかだ。

その後「Dangerous」というアルバムが出ると、
その時には肌の色がすっかり変わり、容貌もさらに改造?されて
中性化していたことにショックを受けたのを覚えている。
肌の色があそこまで白くなるには、科学的に考えると整形や脱色などでできることではないから
その当時から多分病気なのではないかと思いながらも、あまりの変わりように抵抗感も強く、
「白人になりたがっている」「整形中毒」という批判的なマスコミ報道に
無抵抗にうなづく気持ちがだんだん強くなっていった。
かつてJackson5時代のあどけなくかわいい少年、
かつて「BAD」で見せてくれた、精悍で健康的で品のよい黒人青年の面影は全くなくなっていた。
が、音楽的にはQ.ジョーンズがいなくなって、
重みのあるハードロックや演出性の高い凝った作品ばかりになって、
私としてはこれまでのアルバムよりずっと好きだと感じた。心底、すごいと思った。
けれど、やはり変な意地でアルバムを買うことまではしなかった。

その時にはすでにマイケル・ジャクソンは
KING OF POPとしての地位をゆるぎないないものにしていたが、
このDangerousツアーの終わりかけの頃、少年に対する性的虐待疑惑が持ち上がり大騒ぎとなった。
この事件を契機として、この頃、結局私はM.Jに心の中で見切りをつけたように思う。
もしかしたらゲイかも、整形を繰り返している、偽装結婚かという程度のうわさなら、
それは個人の趣向の問題で片付けられるけれど、犯罪となると話は全く変わる。
話半分程度でしか信じていなかったけれど、
ますます人には「マイケル・ジャクソンが好き」とは言いがたい雰囲気を敏感に感じていた―
その後、M.Jの音楽やライブ映像を見る機会は完全になくなった。

彼の姿がTVで否応なしに映るようになったのは
性的児童虐待疑惑が再び持ち上がった2003年以降で、
世界中のゴシップ欄をにぎわせた2年の裁判の後、結局無罪となったけれど、
以降マイケル・ジャクソンが公の前に姿を現すことはめったになくなり、
相変わらずの奇行と変人ぶりと、すっかり様変わりした容姿で
次々と馬鹿げた話題を提供するゴシップの帝王と化していた。
彼を進んで悪く言う気もなかったけれど、
かといって彼を擁護するような発言ができるほど現在のM.Jのことは何も知らず、
気が進まないながらマスコミの勢いに半ば反発、半ば同調していたような感じで傍観していた。
「Dangerous」以降の作品も全く聴かなくなっていたし、
きっと耳にしても多分好きにはなれないだろうと、半ば今さら知りたくない思いのほうが強かった。
結局私は「好き」「嫌い」をさらに通り越して、「無視」することに決めていた。
M.Jの話題には目をそむけ、耳を塞ぎ、
裁判以降すっかりやつれてしまった姿を目に入れることを拒否した。
昔、心底「天才とはこういう人のことを言うんだ」と驚いた記憶が鮮明だっただけに、
様変わりした現在の様子に今さら失望したくなかった。

それでも、今年3月に12年ぶりのライブ・ツアー再開のリリースを聞いたときには
少なからず胸が高鳴った。期待と不安の両方で。
さまざまな背景の事情はともかく、勇気があるとも、無謀なのではないかとも思った。

なのに、6月25日。
マイケル・ジャクソンはそのツアー目前に急逝した。

かつては好きだったアーティストの突然の死に動揺もあったけれど、
しばらくはまだ必死に無視を決め込んでいた。
死んだ後に、さらに彼の悪い話は聞きたくなかったし、
悪い話ではなくても耳に入れて心を乱すのはいやだった。
が―ニュースで死の2日前のリハーサル風景の映像を偶然目にして、私は驚愕した。
私が知っている、かつてのマイケル・ジャクソンだったからだ。

これまでのゴシップ・ニュースに出てくる、
見たいとは思えないマイケル・ジャクソンの姿なのだろうと思っていたのに、
リハーサル映像の彼は、これまでになくやせているとはいえ、
まさしくマイケル・ジャクソンそのものだったからだ。
目と耳を疑った。


同時に、いやな予感がした。
自分がなにか、とんでもなく取り返しのつかないミスを犯したのではないか、という悪い予感。
いやな予感がしたので、できるだけM.Jの死のことはさらに無視して数日を過ごした。
常に心の中にありながらも目をそらすようにしていたけれど、
7月7日M.Jの追悼式で、彼の遺体が納められているという金色の棺を目にした時、
逆にどうしても信じられない思いとわけのわからない哀しみが強まり、
ついにリハーサルで歌っていた曲を確認するためネットで動画を探し、
そこから否応なしに私が無視し続けていた時期の
マイケル・ジャクソンの情報を見てしまうことになった。

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           <1997 History Tour>

いやな予感は的中した。

―それまで私は、
自分はけっしてマスコミや既成の価値観に影響を受けた生き方はしていないはずだ、と
おろかにもそう信じていた。
けれど、私は結局M.Jをひたすらおもしろおかしく報道するマスコミに無抵抗に流されるまま、
数年前には心から感動し愛したはずのマイケル・ジャクソンを信じ続けようとはしなかった。
公平な情報を捜すこともなく、裁判のこともゴシップ欄の解説だけで納得し、ただ呆れていた。
疑惑がそもそもでっち上げであったことが裁判で証明されていたことも、
彼のチャリティー活動が評価されて2度ノーベル賞にノミネートされていたことも何も知らなかった。
いや、知ろうという努力も意欲も何もないまま、「そうなのか」と流していた。
それがマスコミにスポイルされた状態なんだということにも気がつかず、
まんまと、マスコミの思い通りになっていたことを初めて知ってしまった―

KING OF POPを刑務所に送り込むことはできなかったが、
彼のキャリアとプライドを徹底的に打ち砕き、活動の場と意欲をなくすこと、
これまでのファンが離れて彼を無視するようになること―これができればマスコミの勝利だ。
私は簡単にマスコミの思惑通りになっていただけだったと知った。

せっかく同時代を生きてきたのに、
今になって私が聴かなくなっていた頃のM.Jの作品やライブ映像を目の前にして
いたくショックを受けるという、とんでもなさ。
ありがちといえばありがちな、平凡でさえある、情けなさ。
彼が死んでしまってから、
「やっぱりM.Jは唯一無比のエンターテイナー」
「みんな本当はマイケルが好きだった」などという戯言を
その他諸々と一緒になって唱えなくてはならない空々しさ―

それ以上に、そんなことよりも、なにより私が打ちのめされたのは―
私もまた、ユダであり、ペテロであり、
イエスに石を打ちつけた民衆の一人だったという事実を突きつけられたからだ。
「しまった」と思ったけれど、すでに取り返しがつかない―

はからずも今、聖書の世界を生きているのと同じになってしまった。

2000年も昔、イエスのカリスマ性とパフォーマンスに熱狂し、熱烈に彼を支持し愛した民衆も、
絶対に裏切らないと誓ったイエスの弟子たちも、
体制の抑圧が降りかかったとたんに、イエスを「知らない」「異端者」とさげすみ、
十字架上のイエスに進んで石を投げつけた。

同じだ。
誰もがあんなにマイケル・ジャクソンに愛していたのに、
マスコミのバッシング報道が過熱するのに合わせて、彼を断罪し、侮辱するようになった。
ゴシップを鵜呑みにしていなくても、かつて愛したM.Jを守ってあげようとはしなかった。
みんなして「あんなキワモノ」「もうおしまいだ」とせせら笑った。
そういう態度が、あたかも現代社会の良識であると錯覚するほど。
が、今、彼が死んでから突然さまざな情報がフィルターなしに再提出され、
これまで無視されていた作品が頻繁に目に触れるようになって、
初めて失ったものの大きさ、取り返しのつかない罪悪感に気がつき、
「ごめんなさい」「キリストのように復活してほしい」と臆面もなくほざく人々。
私もそうだ。
2000年たっても、人間はこうも変わらないものなのか―戦慄した。

「裏切り」とはどういうものなのか、「罪」とはなんなのか―
キリスト教世界に生きているわけでもない私でも感じる、この罪悪感。
この重さ。苦しさ。痛ましさ。
取り返しのつかない、大変なことをしてしまった―多分、死んでもなおぬぐえ切れない、この悔い。
この慙愧の思いをどうしたらいいのか。

今、私と同じ思いで苦しんでいる人々の声が世界中で湧いている。
私と同じ心境の告白を、どれほど多くのブログで見たことか。
「私はマイケルを裏切った」という、血を吐くような苦しみの懺悔の声―
まさか私と同じ気持ちの人が世界中にこれほどいて、これほど苦しんでいるとは―
いや、直感的に自分だけではないはずだとは感じていた。
世界中に、これほどまでに罪悪感を感じさせて死んだアーティストは他にいないだろうと思う。
もちろん、彼自身がそんなことを望んでいたわけではなかったろうけれど。

もちろんM.Jは復活なんかしない。
彼は人間で聖人じゃないし、たしかに複雑で奇妙で、
常人が理解しにくい面を持っていた異端者であったことも事実だけれど、
反面アメリカのショー・ビジネス界に生きる人間には稀有な、
純粋で単純な人間愛と平和に対する高い理想、
同時に人種差別や犯罪に対する激しい怒りをもつ、
常人にはまた真似のできない精神レベルの人間だったこともたしかだ。
仮に、彼にもっと多くの隠された欠陥があったにしても、
あれほどのエンターテイメントを展開できる才能を
世界は完全に失うまで大事にしようとは露ほども考えなかったことに、
私は社会の良心の限界を感じる。
もし今後彼からは何の才能も感じられなくなったとしても、
これまでに彼が表現してきた芸術や成し遂げた偉業に対し、
正しく評価をし敬意を払うべきなのが成熟した社会というものなのではなかったか。

もっとも、M.Jの作品や表現は過激になる一方で、
比喩も風刺もない、ストレートすぎる人種差別や環境破壊、反戦などの社会批判、
世界で最も成功したエンターテイナーとして得た莫大な富、
その富を惜しみなくチャリティーに注ぎ込み、尊大と批判されても仕方のない一部の作品性など―
これらが一部ではとどまらない立場の人々の気に障らないわけはなかったし、
さらにその根底には根深い人種差別意識もあったかもしれない。
マイケル・ジャクソンが白人の言いなりにはならない、白人以上の影響力を持つ黒人となってから、
彼に批判される側の社会は彼を失墜させるチャンスをずっと虎視眈々と狙っていたのかもしれない。
成功した人間を引き摺り下ろすことに快感を感じる現代社会の病んだ傾向は、
その標的が比類ない才能と富を持っていることを知っているからこそ、
しかもそれが黒人ならなおのこと、役者に不足はないと感じたことだろう。
特に、彼の最も逆境の時代に、
アメリカがブッシュ政権下だったことも不幸な要因の1つだったのではないか。

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               <1997 History Tour>

本当はみんな最初から知っていたはずだ。
マスコミの狂乱と真実とはかなり違うということ。
どんなシナリオが用意されているのかも、うすうす気がついていたはずだ。
わかっていたくせに、体制の側から1歩も踏み出すことなく、そこから一緒にM.Jを侮辱し、
侮辱までしたくない者は「知らない」と否定し無視することでわが身を守り、
進んで侮辱していてるわけではないのだから罪ではない、と自分に言い聞かせていた。
とりわけ、世界中の不幸な子どもたちのために彼が労した業績、
子どもに対する彼の尋常ではない思い入れを知ると、
彼の晩年の貴重な時間と心身の健康を浪費させた裁判騒ぎがどれほど彼を打ちのめしたか、
想像するだけでぞっとする。あまりに惨いやり方だと感じる。
私の立場で言えば、私が動物たちと暮らしているのは、本当は彼らの毛皮を取るためで、
実際は普段は虐待しているのだ、と訴えられるのと同じ。
マイケル・ジャクソンは世界の子どもたちを救う基金を創設し、
各国を巡るツアーでは必ず地元の子どもたちをステージに上げ、
自分に向けられる視線の1つでも子どもの存在に向くように演出し、
コンサート前には必ず公式・非公式に子どもたちの施設や病院を訪問して、多額の寄付をしてきた。
その寄付額は世界一であることがギネスブックにも載っている。
そういう人に「幼児虐待」「性犯罪者」という烙印を押そうとしたのだ。
それが全くのでっち上げであると裁判で証明されても、
マスコミは期待はずれの結果などはほとんど報道せず、
無罪になってもなお笑い者扱いし、侮辱し続けることをやめなかった。
もちろん、何が真実なのかは究極的には当人しか知らないことだから、
外側の人間が何をもってどちらを信じるかは、
結局自分の理性や人間性、感性、判断力をどこまで信じられるかと同じ問題になる。
私はその判断を自分ではなく、マスコミに委ねたのだ・・・

さらにM.Jという人間を理解しがたくしたのは、
いまだ人種差別の残る社会を激しく訴えるマイケルなのに、
彼自身の肌が黒人のDNAを全部捨てたとしかいいようのない白さに変わってしまったこともある。
ごく若い頃から進行していた重度の白斑症とのことで、
おそらくこれは彼にとっても想定外の出来事であり、
その現象は白人・黒人両方の社会に複雑な波紋を投げかけ、
さらにどちらからも疑惑と軽蔑の眼差しを投げかけられる原因となってしまった。
が、彼は誤解を恐れて肌を黒いドーランで塗り続けるよりも、
色素が失われた肌の面積の方が圧倒的になった頃から
残った黒い部分を逆に白くカバーするようにした。
白くなった黒人で生きることに決めたようだ。
そのために白塗りの厚化粧や、紫外線を避けるためのマスク、
黒い傘を差して歩くという奇妙なスタイルがやむなくなったが、
マスコミはその原因の事情はほとんど報道せず、それも物笑いの種にしかしなかった。
事故で片足を失った人に、「以前の方がかっこよかったぜ」と指差して笑っていたのと同じだ。
しかも永年、全身性エリテマトーデスにも侵されていながら(裁判で明らかにされた)、
あのような誰もいまだ到達できない至高のダンス・パフォーマンスを見せてくれた。
このことだけでも、ほとんど信じがたい努力と苦悩と苦痛が
マイケル・ジャクソンというエンターテイナーの本質のひとつであったと言えると思う。
が、相変わらずマスコミは裁判の結果と同様、
本人がことさら病気であることを訴えないことをいいことに、
「白人になりたくて皮膚移植をした」「大量の薬品でブリーチングした」などと、
科学と童話の区別もできない小学生のようなことを言い続け、
おかげで今でも多くの人はそうと信じている。
本当にM.Jのことは生理的にキライ、彼の音楽やダンスも好きじゃない、
絶対に受容できない、という人がスキャンダルを信じるのは自由だし罪のうちには入らないだろう。
本心を隠して否定する側にまわるほど卑怯じゃないし、自分に嘘をつくわけでもないから。

もちろん、どんな時にも彼を信じ、彼を支え続けたスペシャルなファンはいた。
多分―エンターテイナーとしての強烈なプライドから、
患っている病気を持ち出して割引をしてもらうようなことをしたくないM.J本人に代わり、
そうした事情を必死に説明していたのはむしろファンの人々だった。
2005年までの悪夢のような裁判騒ぎのさなか、毎日のように出廷するマイケルに
「イノセント!」と励まし続けたファンたちを、
マスコミは「気ちがい」とさげすんでいたのに、彼らは絶対にひるまなかった。
マイケル・ジャクソンのファンであることを、あの状況下で隠そうとしなかった。
―きっと今、彼らはマイケルの死を深く悲しみはしても、
けっして私のようなユダ組の苦しい思いはないに違いない。
最後まで彼を信じ、ともに真実を勝ち取り、
M.Jと共に時代を生きてきたことを誇りに思っているに違いない。
ちょうど私がともに数年を暮らしてきた動物たちを見送る時と同じ心境だろうと想像する。
失った命に対する悲しみは深いが、
自分は精一杯できるだけのことをして精一杯愛しつくした、という落ちどころがある。

が、今回は違う。まったく正反対。
彼らファンの「信じる勇気」のひとかけらさえ、私は持ち合わせていなかった。
なぜ彼の作品を確認してからだけでも判断しようとしなかったのか、
なぜ耳まで塞いでしまっていたのか―
「無関心を装う」という、人として最低の選択肢を選んでしまったのか―

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         <2009.6>

今、彼の急逝によって、
マイケル・ジャクソンが世界を圧倒していた時代をリアルで知らない若い世代が、
今回のことで初めてマイケル・ジャクソンを知って
熱狂しているという現象が世界中で沸き起こっている。
彼らはM.Jの楽曲やステージ・パフォーマンス、驚異的な歌唱力を初めてまともに見て衝撃を受け、
まるで今もマイケル・ジャクソンが生きているかのように夢中になっている。
あるいは、「生きているうちに知りたかった」「もっと早くに生まれていたかった」と。
見たまま、感じたままに興奮し、マイケル・ジャクソンというアーティストに純粋に感動している。
マスコミのゴシップ欄に惑わされることもなく。
―あなたたちが羨ましい。
と、おそらくM.Jの時代をリアルに知っているユダ組世代の人々の多くは、
私だけでなく本当にそう感じているはずだ。
あなたたち若い世代に罪はないのだから。
彼に謝らなくてはならないことは何一つしていないのだから。

が、たくさん残されているM.Jの映像も2000年以降になると、
正直もはや期待はできなかった、と今も感じる。
目が死んでいる。
薬物でやっと呼吸し薬物で棺おけに片足を突っ込んている人特有の目になってしまっている、と感じる。
うつろで光のない、死人の目―。
エリテマトーデスや事故の後遺症による苦痛、不眠症が原因で、
鎮痛剤や鎮静剤に対する薬物依存は90年代からすでに重症化していたという。
そんななか虐待疑惑事件が勃発した。
そんな状態でよく闘い、よく持ちこたえたものだと思うけれど、
裁判以降、彼は絶望のふちにいるまま。
「マイケル・ジャクソン」はすでに過去の遺産―そう思っていた。

けれど―
マイケル・ジャクソンはやはり色々な意味で常人ではなかったらしく―

死の直前のリハーサル映像やスティールを見て、私は激しく動揺した。
彼の目は再び輝いていた。光を取り戻していた。
少なくとも10数年前の頃のM.Jの目の輝きがあった。
やせてはいたけれど、相変わらずどこを切り取っても絵になるカリスマが確かに存在していた。
私がニュース映像を目にして衝撃を受けたのはそのせいだ。
もう二度と戻っては来ないと思っていた、表現力の天才が放つオーラが復活していたからだ。

体調は相当辛かったはずだが、
きっと、12年ぶりのツアーをまじかにひかえてM.Jの気持ちも高揚していたのだろう。
再びステージに戻ることが、プレッシャーもあっただろうけれど、やはり嬉しかったはずだ。
5歳からステージで歌い、「ステージにいる時だけ心が安らぐ」と語っていた彼だ。
本当に嬉しそうに笑っている。
「マイケル・ジャクソン」は確かにあの時点で復活していた。
そして―その少年のような目の輝きのまま、彼は一人で逝った。

最後のリハーサルの映像や写真を見て、
「マイケル・ジャクソン」が今もそこにいることに衝撃を受け、私は泣いた。
なぜ私は自分の感性を最後まで信じなかったのか。
結局私は自分をも信じられない人間だった。
なぜ、運命はこれほどの才能をみすみす死なせてしまうのか。
なぜ、子ども以外に誰も彼を幸せにしてあげられなかったのか。
優しい言葉の一つもかけず、大丈夫だろうと放置するように飼っていたら、
ある日突然鳴き声ひとつあげずに死んでいたペット―そんな体験をしたのと似ている気がする。
もし、そんな体験をしたら、同じ気持ちになるだろうか。
結局、私はM.Jというレベルの高い踏み絵を土足で踏み続ける人間だったことがまんまと証明された。
人種、血縁、性別、大人と子ども、闘争と平和、環境―
白い黒人のマイケル・ジャクソンはそれらの問題に
「おまえは本当に偏見を抱いていないか」と、自らの体と心を犠牲にして人々に突きつけた。
あまりに重過ぎる十字架を背負わされた人間だった。
なぜこれほど痛ましい人生があるのか―

ステージでは圧倒的なカリスマ性と完璧なパフォーマンスで
何万人もの観客を陶酔させたマイケル・ジャクソンも、
ステージ以外では呆れるほどシャイで人見知りが激しく、痛々しいほどだった。
ステージ以外の彼を見ていると、鹿や兎のような草食動物の目だ、と感じる。
他者の血と肉となるために生まれてきた運命を知りながら、
それでも好奇心と愛情に満ちた大きな瞳は恐怖を宿したまま、
なおもこちらを期待を込めて見つめ続ける、あの草食動物たちの眼差し。
鹿のような魂と、ある意味異常としか言いようのない才能を持った命を、
私のような人間―本当は彼の才能に魅了されていたくせに素直になれず、
周囲の反応を怖れ、ひたすら無関心を装ったり冷笑してきた―
そんな臆病で卑怯な人間の一人ひとりが殺した―

・・・しかし、結果は変わらなかった気もする。
誰も彼を助けられなかったろうし、遅かれ早かれこうなることが天才の宿命だったのかもしれない。
けれど―当事、彼自身が感じていた以上に自分は愛されている、という実感のなかで
息を引き取らせてあげたかった―せめて。
若いときと同じステップやパワーなんか期待していない。
そんなのが観たいのじゃない。
50歳のマイケル・ジャクソンでなければ踊れない、豊穣感のあるスムースなダンスが見たかった。
幸福感に満たされた成熟した声で歌い上げてほしかった。
達成感に満ちたエンターテイメントを見せてほしかった―

眠ることだけだけが、さまざまなプレッシャーや孤独感から解放される唯一の方法だったのか―
眠りたい、眠りたいと苦しみ続けた果てに、神は永遠の眠りを彼に与えた。
彼の安らかな眠りは、もう永遠に誰にも邪魔されない。

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               <2009.6>

タグ:Michael Jackson
ニックネーム Lin at 02:44| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして。
私も「ユダ組」の人間で、今、猛烈に後悔と罪悪感にさいなまれている一人です。
今になって、マイケルのことをなぜちゃんと見ようとしなかったのか、
それはマスコミのせいだと言い訳したりしていたけれど、
結局は自分が流されていたんです。
先日、SF「GHOSTS」を見て、マイケルはそういうことも全部お見通しだったのかと、改めてショックを受けました。

いろんなサイトで「ユダ組」の告白を見ましたが、
Linさんはご自分の思いの告白だけでなく、
とても正確にその時期の解説や、独自の分析、批評をされていて、その深さに驚かされました。
それで思い切ってコメントしました。

今、もうすぐ公開の映画を待っていますが、
これを見ると、ますます苦しさが大きくなりそうで・・・
でも、きちんと最期のマイケルの姿を見届けようと思っています。
Posted by ゆい at 2009年10月11日 09:58
号泣しました。
マイケルに対する罪悪感、おのれの弱さ、人間の弱さ、
そしてマイケルという人間へのいっそうの愛しさで。
私もきっとLinさんと同じように、死ぬまでこの思いを引きずっていくのだと覚悟しています。

ありがとう。勇気ある告白を。
私の心を代弁してくれて。
Posted by July at 2009年11月04日 11:33