2010年07月04日

Sacrifice

M.J没後1年。

突然の死に対する衝撃、罪悪感、改めてM.Jの才能を惜しむ想い・・・当初はそんな感情ばかりだったのが、
やがて予定されていたコンサートのリハーサル映像の「THIS IS IT」が公開されると、
それでも彼は期待と意欲に満ちた精神性のままで幕を閉じられて、
それだけは唯一救われる・・・などと一時期はそう感じてもいた。

しかし、その後も当時のM.Jを取り巻く事情や、身近な人々の相反する証言などを聞くうちに、
やはり今・・・私個人的には、
Michael Jacksonほど過酷な犠牲を払った人はいない―という結論で固まりつつある。
彼は殺されたのだ、という表現もあながち過剰とはいえないと思っている。

M.Jという天才を潰して殺したのは、
結局彼から金を絞り出すことのみに取りつかれた周囲の人間たちの「強欲」であり、
また、それから誰も彼を守ってあげられなかったのは、
彼自身がとりわけオトナの人間を信用できなかったために、
子どもたち以外に心を開く関係をもてなかったから―
そう感じている。

今日まで、そしてこれからも伝説としてM.Jの死因はさまざまな憶測を呼ぶだろうが、
いずれにしても、処方薬を過剰投与した医師その人だけが原因ではないことだけは確かだ。
(もしかしたら、この人もまた陥れられたのではないか、とも思う)

才能があり、金があることが、どれほど一人の人間を孤独に追い詰めていったか、
それは哀れとか惨い、という表現とはまた別次元の、
有史以来の人間社会の醜い部分を一身に受けざるを得なかったような、そんな凄まじいまでの残酷さを感じる。
死後、M.Jをことさら神格化するような風潮も、おそらくこうした印象を本能的に感じるからなのだろう。

Michael Jacksonは最期には絶望していたかもしれないが、
それでもKING OF POPの自尊心、貧困や戦争で傷ついた人々や自然環境に対する慈愛を
一瞬たりとも揺るがすことはなかったことに、私は尊敬の念を抱かずにはいられない。
彼ほど傷つけられ痛めつけられた人間はいないが、
また彼ほど純粋な心のままに正しく生きようとした人間も他に知らない―

彼がこの世界に刻んだ犠牲は、果たして遺るだろうか。

Michael_Jackson_33smiling_light_press_release.jpg

ニックネーム Lin at 16:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする