2011年10月17日

十字架

検死後の全裸の遺体写真が全米のTVで放映され、
またたくまにインターネット上にあふれ、全世界誰でも目にできる状態となった。

そもそも過失致死罪に問われている医師の裁判で
検察側から提出されたものらしいが、
それ自体本当に必要なことだったのか、
一度でもマスコミのカメラが詰め掛けている法廷内で提示されたら、
それがどんなことになるのか、わからない者などいないはずなのに、
私には到底理解できない。
ましてやそれをとくとくと放映するマスコミの恐ろしい神経、
日本社会のように遺体に対しても尊厳を払うという文化自体がないのか、
私にはさらにさらに理解できないことだ。
死者に対するかつての偏見はいまだ続いているということなのか―

いやおうなしに目にしてしまったその写真は、
徹底的に裏切られ、いたぶられ、傷めつけられた末の男の姿だった。
今、十字架から下ろされた男の姿そっくりだった。。。
そっくりな男の姿を、誰もがこれまで飽きるほどたくさんの聖堂や美術書で目にしてきたはずだ。

2000年前とまた同じことを繰り返していることにまだ気づかないのだろうか。
あれほど悔い、嘆き、生まれ変わらなければならないと誓ったことを
当のキリスト社会は忘れてしまったらしい―

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2011年05月01日

1LDKでいいんじゃない?

春ですからね。
毎年恒例の「何かいじりたい」ムシが騒ぎ出します。

で、手始めにちょっとだけリビングのレイアウト変更。

もとから「すかすか」を最上のインテリアと考えている私ですが、
ここ数年のうちに猫が3匹も仲間入りして、
さらに、うさぎのラムちゃまが闘病と養生のため24時間ケージ住まいとなり、
大型ケージが3個もリビングと、隣接する和室に立ち並ぶ状態に。
(これまでうさぎたちは一切ケージ暮らしはさせていない。
にゃんこたちは就寝の時だけケージレストとさせている)
さらに…今は2階建て猫用ケージの上階と下階を完全に仕切って、
オス猫Brothersのお休みルームとしているけれど、
どんどこどんどこ体が大きくなってきているので、近いうちに、
やはり2階建てケージ1個に1匹、つまりもう1個同じサイズのケージを設置しなきゃならない。
そのため、今から多少スペースを用意しておかなきゃならなくなったのと…

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      久しぶりによみがえった、すかすか感。


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      「にゃんにゃ?派手なソファカバーだにゃ。
      しかも、にゃんでクリスマス柄にゃん?」
      おだまり。たまったハギレを一気に消化したんですよ。

これまで、猫たちの大きな2階建てケージ、2個ともほとんどリビングの中心に鎮座していました。
猫の扱いに慣れていない私が、就寝中でもケージの中の猫の様子を観察しやすいように。
でも…私や猫飼いさんには見慣れた猫砂満杯トイレ…
慣れてない人にとっては、そんなのが丸見えの場所でものを食べる気なんかしないだろうな、と
猫と暮らしだして2年半でようやく思いついた私。
あ、ニブチン?ははははは。

で、猫たちのケージもリビングの中心からは隅っこの方へ移動。
本当に寝るとき以外には使わないのだから、何もメインにしておく必要はないのよね。

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     メインPCの向きをこれまでと90度変えて、
     PCの前にいても、うさぎ部屋の様子がよく見えて、ついでに「ながらTV」もできるように。
     そのデスクの奥に千夜専用のにゃんこケージ。
     今、まいこ〜が熱心にブログ記事を入力しています。

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     PCの奥はサブPCと複合機。

それと…
コピー、スキャナ、プリンタ機能のある複合機を最近買って、
これまでの「はた織機のような」旧式のプリンター(A3対応だったのででかい)と
スキャナ専用機が不要になったので、そのスペースが空いたためのレイアウト変更でもありました。

しかし…!
イマドキの複合機の製品価格の安さ、静音性、出力スピード、そこそこの再現力には驚きです。

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      で、まいこ〜とルカちゃんのケージは、
      うさぎ部屋の入り口近くに。
      奥に見えるのがラムちゃまの療養ケージ。
      私が不在時には閉められる場所ですが、寝るときだけ使用するケージだし、
      トイレも千夜専用ケージの1階に巨大トイレを設置したので、ここで問題なし。
      …うさぎ部屋に猫ケージ…?

仕事もどうぶつたちも私の就寝も、すべてリビング&和室で完結しようという意地だけは捨てません。
廊下の先の個室に誰かを移してしまうと、
どうしても疎外感が生じてしまうから、絶対にみんな一緒です。

…つまり、私は1LDKで十分ということか。そっか。




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2010年07月04日

Sacrifice

M.J没後1年。

突然の死に対する衝撃、罪悪感、改めてM.Jの才能を惜しむ想い・・・当初はそんな感情ばかりだったのが、
やがて予定されていたコンサートのリハーサル映像の「THIS IS IT」が公開されると、
それでも彼は期待と意欲に満ちた精神性のままで幕を閉じられて、
それだけは唯一救われる・・・などと一時期はそう感じてもいた。

しかし、その後も当時のM.Jを取り巻く事情や、身近な人々の相反する証言などを聞くうちに、
やはり今・・・私個人的には、
Michael Jacksonほど過酷な犠牲を払った人はいない―という結論で固まりつつある。
彼は殺されたのだ、という表現もあながち過剰とはいえないと思っている。

M.Jという天才を潰して殺したのは、
結局彼から金を絞り出すことのみに取りつかれた周囲の人間たちの「強欲」であり、
また、それから誰も彼を守ってあげられなかったのは、
彼自身がとりわけオトナの人間を信用できなかったために、
子どもたち以外に心を開く関係をもてなかったから―
そう感じている。

今日まで、そしてこれからも伝説としてM.Jの死因はさまざまな憶測を呼ぶだろうが、
いずれにしても、処方薬を過剰投与した医師その人だけが原因ではないことだけは確かだ。
(もしかしたら、この人もまた陥れられたのではないか、とも思う)

才能があり、金があることが、どれほど一人の人間を孤独に追い詰めていったか、
それは哀れとか惨い、という表現とはまた別次元の、
有史以来の人間社会の醜い部分を一身に受けざるを得なかったような、そんな凄まじいまでの残酷さを感じる。
死後、M.Jをことさら神格化するような風潮も、おそらくこうした印象を本能的に感じるからなのだろう。

Michael Jacksonは最期には絶望していたかもしれないが、
それでもKING OF POPの自尊心、貧困や戦争で傷ついた人々や自然環境に対する慈愛を
一瞬たりとも揺るがすことはなかったことに、私は尊敬の念を抱かずにはいられない。
彼ほど傷つけられ痛めつけられた人間はいないが、
また彼ほど純粋な心のままに正しく生きようとした人間も他に知らない―

彼がこの世界に刻んだ犠牲は、果たして遺るだろうか。

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2010年05月02日

春の哀しみと喜び

いつもそうなのですが、昨日まで凍えるような寒さだったのに、
突然に今日になって汗ばむほどの陽気に。

野草は例年ならとっくに摘める時期なのだけど、
今年の春の遅さでまだしばらくは・・・とわかっていながら、
陽気に誘われて「下見」視察に、いつもの野草スポットに出かけてみました。

一番の野草スポットは、近所の乗馬クラブの広大な敷地。
ここなら車の排気やワンコのトイレ、農薬の心配が一番少ないので。
だけど・・・野良ちゃんが沸くスポットでもあり―
千夜が保護されたのもここだし、ワイルドキャットファミリーを見かけたことも。

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     馬も元気にしていました。
     シャイな子。

今日も、どうかそんな子に出会いませんように―
でも、昨年の秋に見かけた子がいたら安心できるし―
と、相反する心情のまま、猫用のカリカリフードも持って出かけた。

野草はあと4,5日はかかりそう。
猫にはまったく出会わず。
やっぱり、この厳しい冬は越せなかったのではないか―
そう思うと悲しい気持ちでふさぎ気味になったけれど、
唯一うれしかったのは、外飼いの老犬が元気にしていたこと。

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     もし、今日お前に会わなかったら、私はしばらく立ち直れなかったろうと思うよ。
     お前がそこにいてくれるだけで、どれほど救われたろう。

嬉しくて、お互いに何度もハグしあった。
腰も口元もブルブルしているほど老いているのに、
この厳しい冬も乗り越えてくれたんだ・・・感謝の気持ちでいっぱいになった。

冬に会いに行けないのは、凍えて辛そうにしている姿を見たくない、という、
まことに自分勝手な都合から。
それに、ここの乗馬クラブはうさぎの故ももちゃんの時にわかったことだけれど、
寒いときにはビニールで風除けをしたり、とそれなりな対応をしてくれている。
それ以上私には何も手を出せないし。

自分がつらい思いをしたくないから、会いに行かない、見ない―
・・・ここが私という人間の最高に卑怯な点です。

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      ほんのわずかに摘んだこの春一番の野草は、ちょこに進呈。
      春の味がするでしょ。
      お前の大好きな赤つめ草ももうすぐ摘めるよ。

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      ぽかぽかの日差しの中でころんと横寝。
      小さいけれど、肥えています。
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2010年01月04日

アイヌ文化はかっこいい

すっかりお披露目が遅くなってしまったのですが、
クリスマスにステキなプレゼントをいただいた。

服飾研究家で刺繍アートの第一人者である知人が、
ハンドメイドのチュニックを贈ってくださった。

仕事の関係で、特に私がアイヌの伝統芸術であるユーカラ織やアイヌ刺繍に関心があり、
それに関係する記事を書いていたことで知り合いになった方。
アイヌの伝統的な文様パターンや織物技術を絶やさないために、
ずっと精力的に活動されてきた人だ。

秋にお会いした時に、いきなりメジャーで採寸されたので度肝を抜いたのだけど、
「あなたに似合う、かっこいいヤツ作ってあげるからね」と約束してくれ、
すっごく楽しみにしていた。

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       カッキィィ〜!
       別珍生地に、現代風にアレンジしたアイヌ文様の刺繍。
       サイズ通りぴったり!・・・絶対に太れないぞ。

ご期待通り似合うかどうか、は、さておき、これはもう私の一生の宝物。
今週末の新年会に着ていこうと思っています。

北海道に生まれ育った者ならなおのこと、
アイヌ文化、アイヌの歴史に対する認識はさらに深め、広めていければと思っている。

なんたって・・・かっこいいじゃん。特に、シャクシャイン。
(↑・・・という低レベルの動機なのだが・・・)




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2009年12月31日

memorial year 2009

落ち着かない1年だった。

特に6月下旬のM.J急逝は、
ただ単に好きだったアーティストの死の衝撃というより、
現代社会の暗い面や自分自身の心の弱さを改めて痛感させられ、
これまで普通に信じてきた価値観を根底から考え直す羽目になった。
(そう、「羽目に」。そんなことはあまりないほうがいいと思う)
M.Jの死については、いまだ割り切れない怒り、哀しみ、後悔がつきまとう。
その後の半年は、映画公開だのDVD発売だのと、M.Jの死の商戦にいいだけ振り回された気がする。
彼の死によって一番得をしたのは誰なのか、と考えると本当に複雑な思いがぬぐえない。

私が思ってきたほど、世界は良心的ではない―
まだごく年若い頃キリスト教に触れ、その宗教が言う「罪」とはどういう意味なのか、
これまでわかっていた気でいたけれど、実際はそうではなかった。
今回のM.Jの死で、やっと実感としてわかった。
自分自身も含めて、世界は裏切りと悪意で満ちていることを知ることとなった。

でも、M.Jの死によって、唯一素晴らしいと思えることもあった。

音楽の実践から離れて以来20年、私はもう本気で音楽を聴くこともなくなっていた。
バンドやスタジオやステージから離れたとたんに、
なんだか今の楽曲にも過去の楽曲にもすっかり失望してしまった。
たまに聴く音楽といえば、子どもの頃から親しんでいたクラシックのみ。
それも、本当にたまに。
自分の人生から音楽をすすんで排除しているようなところがあった。

が、M.Jの死以来、改めて彼の作品を聴くうちに、瞬く間にM.Jの音楽に魅かれ、
再び20年前のように正面から聴くことができるようになった。
(M.Jの曲をスコアに書き写す作業をすると、ますます驚愕する)
これをきっかけにM.Jだけでなく、他のアーティストたちの作品にも関心を持てるようになった。

20年も離れていたのに、M.Jのおかげで音楽のある生活を取り戻せた。
音楽がどれほど心に癒しや情熱をもたらしてくれるものか思い出させてくれた。
自分がこんなに音楽が好きだったことを思い出させてもらえた。
もう二度と音楽に新しい発見や感動を覚えることなどないと思い込んでいたのに。
もちろん楽曲だけでなく、彼のダンスやステージパフォーマンスにもショックを受け、
ライブステージを観る目が大きく変わった。

良い意味でも悪い意味でも、King of POPが散った2009年は私の中でmemorial yearになることは間違いない。

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タグ:Michael Jackson
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2009年12月27日

生きているだけで

先日、今の仕事先で知り合った友だちが、半年の闘病の末亡くなった。
まだ50歳を過ぎたばかりだったはずだ。
ほとんど誰も事情を知らず、また本人もそれを望まず、家族だけの葬儀が終わってからの知らせだった。

知らなかったにしても、それでも他に何もできることなどなかったか、と問われると、
それは―どちらとも言えない。
死を覚悟したのなら、なおのこと弱った自分を見せたくないと思う気持ちもよくわかるから。
でも・・・大好きなのに飼えないから、と、私が見せる千夜の写真を喜んでくれていた彼女に、
せめて―新しい千夜の写真を送ることくらいはできたはず―

先日、別れた元PartnerのPapieちゃんから
「どうしてももう一度M.Jの“THIS IS IT”を観たいから付き合って」と懇願され、
仕方なく一緒に行ってあげた(彼は“お一人様”が苦手)。
今も友だちづきあいはしているのでそれはいいんだけど、
考えてみると、彼はまさしくM.Jと同年齢。

・・・珍しいことに、ただそれだけのことなのに、
なんだかわけもなく愛しいような哀しいような気持ちになった・・

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    ちょうどクリスマス目前だったこともあり、映画に付き合ってあげた報酬として?
    ブックレット型のウォレットをプレゼントしてくれた。
    A5サイズです。

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    開くとこんな感じ。中の生地の使い方がオシャレ〜
    使いやすいかって?   ・・・・・・・・・・

親密さの度合いや、友だちや知り合いになった経緯や期間は関係なく、
私が生きている以上、当たり前に相手も生きてくれているという思い込みをしている部分がある。
私もまた、誰かにとってはそういう存在なのかもしれない。

ともかく、生きていること。
ただそれだけでも誰かの救いになっているんだと知った。


*-*-*-この先はM.Jが好きな方か、「THIS IS IT」を鑑賞した方だけで*-*-*-
ニックネーム Lin at 21:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月12日

壊れた(壊した、とも言う)

あぁ〜・・・・ショック・・・

オーディオ・コンポ、ついにお陀仏・・・!
CD再生はいいのですが、MDが完全に昇天。
怪しい状態になっていたのをだましだまし、
ねじ伏せるように自己流で修理し、
今日、また修理のつもりでやっていて息の根を止めました(笑)

もう10年近くも前に購入したものなので仕方ないと言えば仕方ないのだけど、
当時としてはそれなりにいい仕様といいお値段で、
なのにウサギたちがなぜかステレオ・スピーカーの音に怯えるため、
年に2,3回しか電源を入れる程度しか使わず腐る寸前だったのに、
急にここ半年で今までの9年間のご無沙汰を一気に取り戻すほど酷使して、ついにこの羽目に―
(そうです。M.JのアルバムやRemix作品、その編集で大酷使しました・・・
なぜかウサギたちのステレオ・アレルギーはM.Jの声だと発症しない。
おそらく・・・これまではクラシック専門だったので、声楽系の声やシンフォニーがダメだったのでしょう)

MDメディアもそれなりにストックがあるので、今さらCD再生だけで諦めることもできず。
でも、自分なりにこだわっているメーカーの製品で(オンキョーかパイオニア)、
自分なりに最低限の仕様ラインで絞ってみると・・・はぁ〜やっぱり70,000は下回らない・・・
70,000・・・1TのPCを買いたいところだったんだけどなぁ。。。一眼デジも。

そうこうしているうちに、洗濯機と冷蔵庫もDVDプレーヤーも怪しいような―

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     千夜のホット・スポットでもありました・・・

私は磁気系家電品の破壊魔なので(ハンパじゃない静電気体質)、
MP3プレーヤーも半年以上もったためしもなく(現在のプレーヤー4個目)、
なぜかPCのモデム類も1年ともたない。
逆に、その体質と関係あるのかどうかわからないけれど、
時計の電池はなぜか4年以上もつ・・・という具合に、
家電品の故障は使用頻度や年数で単純に測れないところがあるので、本当に怖い。

家にいるときは、やっぱりちゃんとした音源の、ちゃんとしたアンプとスピーカーで聴きたいものねぇ・・・

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     12月になったので、恒例のクリスマス・オーナメントを。
     千夜がいるので例年のように壁に掛けることができず、
     千夜のジャンプが届かない天井に。
     ・・・これじゃあ、大運動会だよぉ・・・
ニックネーム Lin at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月22日

天然

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M.Jの話題が続いて申し訳ないのですが。

もう二度と映画館で「THIS IS IT」は観ることができないだろう、と書いたばかりなのに、
先日、同性の友だちにどうしても、と誘われ、ついに3回目を観に行く羽目に。

気が進まないながら承諾したのは、
その同性・同年の友だちの1人もまたすでに2回観ていて、
やはり私と同じく1度目よりも2度目の方が泣けて仕方がなかった、というので、
それなら「遠慮なく二人で号泣してくるか」と。
お互いに「同じ映画を3回も観に行くなんて生涯初」である。

私の場合は常にM.Jに対しては贖罪の思いがあり、それが観るたびにますます強くなる。
が、それまでM.Jのことはほとんど興味もなかったけれど今回誘われて初めて映画で知って、
いたく感動したという数人の年若い友人・知人たちも
「マイケルに対して、今まで申し訳なかったという気持ちになった」と言うので驚いた。
それほど―私がこれまで考えてきた以上に、M.Jに無関心の人間たちにまで
彼の尊厳を踏みにじるマスコミ報道が浸透していたということらしい。

予想していた通り、二人とも嗚咽した。泣いた。
2回目より、さらにさらにやりきれない思いや悔しさ、
痩せ細った体で、それでも力強く歌い踊るM.Jが哀しかった。
おかげで、観終わった後は喪失感から本当に気持ちが塞いでしまう。
が、結果として多分これでDVDが発売されても買うことはないだろうと確信したので、それはそれでよかったかも。
映画館の大画面で、3回とも最もいい席で堪能したので、今さらTV画面で観たいとは思えなくなった。

そして、これは初回から感じていて、今回さらに思いが強くなったのは、
彼がいまだへこたれていなかった、という事実に対しての驚き。
いや、本当に驚きだ。

あれほど不条理な、酷い訴訟騒ぎにあってもなお、環境問題に対して高い理想を謳うとは。
普通の人間であれば、あれほどの目に逢ったら、もう理想をいだき続ける勇気をなくすだろうし、
それを公言することでまた利用されたりマスコミ批判の的になるのではと疑心暗鬼になったりして当然と思うのに、
フィルムの中のM.Jは、少なくとも表面的には、その悲惨な体験が少しもかげりを落としていなかった。
相変わらず純真で、まっすぐで、恐れを知らない子どものようだった。

それがM.Jの精神の強靭さの証明なのか、
それとも―恐ろしいまでの「天然」なのか―この点は疑問として残り続けた。
いや、「天然」に勝る強さはないという証明なのか―

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※以下はM.Jファン、もしくは「THIS IS IT」を鑑賞した方だけお読みください。
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2009年11月07日

告別

M.Jの映画「THIS IS IT」は2度観た。

1度目は公開初日に独りで。
というのも、翌週に友だち数人と一緒に観に行く約束があったので、
先に心置きなく観ておきたかったのと、
万一―号泣なんかしたら恥ずかしいので、「馴らし」の目的もあって。
私にとっては楽しみな公開というより、なんだか葬儀に行くような気分でもあり―

コンサートのリハーサル映像とはいいながら、
彼の死を強調するようないやらしい造りだったらいやだな、と思っていたけれど、
製作者の品位が感じられる編集で、それはまったくなく。
おかげで一度目は、映像の中のM.Jの、予想以上に元気で意欲的で、
10年のブランクを感じさせない歌唱力とダンスに圧倒され、
必死に鑑賞するのが精一杯で、あまりのクールさに感激しての涙はあったものの感傷はあまり感じなかった。
ひたすら感動して興奮した。

なので、友だちと観に行く2度目はさらに余裕があると思っていたのだけれど。

作戦ミス。

多少余裕があって映像の中のM.Jを観ると、
彼が嬉しそうに、意欲的に歌い踊る美しい姿が、逆に哀しいと感じた。
あと数時間の命と知る由もなく、若いスタッフにやさしく接する様子は、観ていて切なかった。
完璧主義者のM.Jにとっては、いつもの衣装ではない、流したダンスの「Billy Jean」など
観てほしくはないはずなのに。
最初から最後まで涙が止まらず。

本当に、マイケル・ジャクソンに別れを告げる葬儀と感じた・・・

上映期間は(予想通り)延長となったけれど、
あとはDVDを買うことはあっても映画館には行かない。行けそうもない。
葬儀はあれでたくさんだ・・・

初日だけでなく1週間後の上映でも、エンドロールが流れても誰も席を立たず、
照明がつく直前に客席から自然に拍手が沸き起こった。

彼の数奇な人生と、
死した今もなお、人々の心を揺さぶり続ける怖ろしいまでの才能に敬意を表して―

これが最後の、エンターテイナーのM.Jに私が送る拍手だ。

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ニックネーム Lin at 21:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする